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半世紀後も残る名著! 『ゼロからはじめる社会起業』 (炭谷俊樹氏)
ビジネス書を読んで、ここまで深く感動したのは初めてなので、ぜひ紹介させていただきたい。

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表紙には、こうある。
「コンサルタントから教育業界に転身した日本の社会起業家の先駆けが教える魂のこもったプランのつくりかた」と。
アマゾンはこちらから。


著者である炭谷氏は、マッキンゼーに10年間勤務、
帰国後、1996年、神戸に「ラーンネット・グローバルスクール」
(フリースクール)を設立。
2010年4月からは、神戸情報大学院大学の学長の要職にある。


私が炭谷氏にお会いしたのは、1999年秋。
グロービスで知り合いとなったTさん(当時国立大助教授)のご紹介で、
まだ設立間もない神戸の「ラーンネット・グローバルスクール」を見学させて
いただいた。婚約をしていた妻とともに、自分たちの将来をどうするか考えて
おり、その参考とさせていただくためであった。


炭谷氏にお会いした印象は、「なんて純粋な方なんだろう!!!」という
ものだった。才能も能力も人脈も抜群でいらっしゃる方だから、
自分のために、お金もうけをしようと思えば、いくらでも成功の道はあると
思える。しかし、日本の教育の在り方に疑問を抱かれ、「隗より始めよ」で、
ご自宅で、子供たちが将来を生き抜く力を持てるように、全身全霊を傾けられていたから、そう感じたのだと思う。



『ゼロからはじめる社会起業』の「はじめに」の中から、いくつか印象的な言葉を引用したい。

・社会起業とビジネス起業を明確に線引きする必要はなく、バランスだと思いますが、あえて「社会起業」とは何かと問われれば、「社会価値」を「経済価値」よりもより優先する活動を起こすことだと言えるでしょう。

・日本に帰ってきたときに、私が最も問題意識を感じたのが子供の教育でした。それについてマスコミをはじめとして多くの人が、文部省や学校のことを批判していました。しかし一方で、実際に解決に向けて行動を起こしている人はほとんどいない、と思いました。

・思いはあるけれど行動には移せない。プランは書いたのだけどうまく行く気がしない。立ち上げたものの拡大ができない。いろいろな状況があると思います。魂のこもったプランを書き、思いを行動・実現に移して社会起業を成功させることにお役に立てればうれしく思います。

私は、すべての人が社会起業できる能力も権利も持ち合わせていると思います。何か問題意識を感じたときに、「ちゃんとしないえらい人が悪い、私には何もできない」と思ってしまうのでなく、「私にも何かできるはず」と、思いを行動に移してもらいたいと思います。


第一章以降、上記の目的を達成するために、具体的にどうしたらよいかのアドバイスが満載である。この本の素晴らしいところは、炭谷氏の実際の起業体験をベースにして、具体的な方法論が提示されているところだと私は考える。実際に、さまざまな失敗も経て、立ち上げた方だからこそ書ける珠玉の方法論だ!

半世紀後も残る、社会起業の名著だと私は感じている。
ぜひご一読をお勧めしたい。



(蛇足)
この本を読んだことをきっかけにして、親友と、今の危機的状況にある日本をもっとよくする「行動」をしていくことに決めた。現業(会社の仕事)も大事にしながら、バランスをうまくとって、一歩一歩進めていきたい。



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[ 2011/08/22 04:58 ]

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知られざる偉人 明石元二郎
明石元二郎(1864~1919)という人物をご存じだろうか。
おそらく明治から大正の日本史を深く学んだ人か、台湾に深い興味を抱いている人くらいしかご存じないだろう。
明石元二郎を、私なりに一言で表現すると、「明治~大正時代の怪傑男子」となる。
日清、日露、第一次世界大戦という常に緊張を強いられる時代環境下で、死に物狂いに、日本の針路を開拓していった方である。

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具体的には3つの大きな仕事をされている。
(1)日露戦争下、ロシア帝国内の騒乱を図り、ロシア革命発生の種まきをした。
(2)朝鮮半島の治安水準を著しく高め、日韓合併を実現した。
(3)第7代台湾総督として、教育・司法・電化・灌漑の大事業を推進し、台湾近代化の端緒を開いた。


こう書くと、日本帝国主義、軍国主義の先駆者ではないかと思われる方も多いだろう。
しかし、そのような見方は、緻密な取材と歴史資料に基づく考察を経て書かれた本『世界の歴史を変えた日本人 明石元二郎の生涯』(清水克之氏著 桜の花出版)を読むと、払しょくもしくは軽減されると思う。
日韓併合や台湾近代化への日本の関与の是非については、さまざまな考え方があるが、いったん置いておき、本書をひもといていただけると幸いだ。
※以下の内容は、基本的には、清水氏の著作の内容に基づく。


福岡生まれの明石元二郎の、幼少時のエピソードには次のようなものがある。
・いたずらがひどく土蔵にとじこめられても、何時間経っても一向に泣きわめかず、平気な顔をしていた。
・福岡県令(今でいう県知事)が学校視察に来た時、「精神」の二文字の披書をすることになったが、「精」の字が大きく、「神」の字を半紙に書けなくなった。しかし全く慌てず、凛として畳の上に「神」を書いた。
・外見、風采はなはだ不潔。いつも鼻水を垂らし、袖で拭うため、着物の袖がいつも光っている。

士官学校時代も、周囲から「あいつは大物なのか屑なのか」と注目されたということだ。


やがて、台湾巡視などをするようになるが、そのときの考えが史料として残っている。
要約すると、「台湾の国の人々の人権を重んじず、植民地として自国との同一化をいたずらに図ることは、仁政を徳としないという印象を台湾国に与えてしまい、よくない。だから、台湾の人々の制度習慣を、できうる限り許容すべき」という考え方である。
自国のスタンダードに強制的にそわせようとする、当時の他の欧米諸国の植民地施策の考え方とは、大きく異なる考え方である。


「(1)日露戦争下、ロシア帝国内の騒乱を図り、ロシア革命発生の種まきをした。」で具体的に行ったのは、反ロシア政府地下組織のカストレン、シリヤクスというフィンランド人中心者の懐柔である。彼らに資金援助を行い、ロシアの内部崩壊を狙った。日露戦争が早く終結した理由の一つは、ロシア政府が国内混乱鎮圧に大きなパワーを注がなければならなくなったことである。山縣有朋は、明石の功績について、「数個師団の活躍にも相当する。明石は実に恐ろしい男である」と言っている。
また、明石の日本への帰国が決まった際、シリヤクスは、海岸線を描いた風景画を贈る。それには、「この絵を見る度に、欧州のフィンランドという国にシリヤクスという友がいたことを思い出してくれたならば、これほど嬉しいことはない。(中略)貴方の生涯の友コンニ・シリヤクスより」という手紙が添えられていた。

他国の方とこれほどまでの信頼関係を築けるのはどうしてなのだろうか。
詳しくは、前述の『世界の歴史を変えた日本人 明石元二郎の生涯』を参照されたい。


「(2)朝鮮半島の治安水準を著しく高め、日韓合併を実現した。」についてだが、韓国併合の是非については、ひとまず置いておく。短い文章では、論を十分に尽くすことができないからである。
韓国での明石の働きぶりを当時の部下は次のように語っている。
「何処までも徹底的に事を運ぶ。森林保護といえば個人の所有林でさえも伐採を許さない。児童の就学を奨励すれば、親の言い分が何であろうと無理にでもこれを引っ張り出す。清潔法を施行すれば塵一つも残してはならず、道路といえば田でも畑でも墓地でも構わず突き通して、苦情がどんなものであっても耳をかさない。全てはこういうやり方であった。」
このような行動は、傲慢に感じる方も多いだろう。しかし、私は当時の緊迫した半島情勢を考えると、ビジョンを持ったトップダウン、迅速な実行が必要だったのだと捉えている。翻って、今の日本は、震災という非常時でありながら、復興が遅々として進まない。これはトップダウンの欠如のためではないかと考える。



「(3)第7代台湾総督として、教育・司法・電化・灌漑の大事業を推進し、台湾近代化の端緒を開いた。」について、明石は現場主義を徹底した。必ず自らの目で現場の実態を確認することを大事にした。明石の大きな実績の一つに日月潭水力発電所の建設がある。電力需要の高さから、建設を望む声が多かったが、当時の財政状況では建設が困難であった。ここで明石はひらめく。半官半民の企業にしようと。大変斬新な発想であった。企業なので、株の売買が発生する。明石は投機熱を警戒して、「俺の友人とか親戚とかいって株を欲しがるものが出てくるかも知れん。だが、そんなものには一切取り合わないでくれ」と言ったとのことだ。自らの損得にこだわらない高潔な人格の持ち主であることが感じられるエピソードの一つだ。
また、嘉南大圳(15万ヘクタール)の灌漑事業も、財政的には困難であったが、トップダウンで着手をする。後年、嘉南大圳の完成によって、農作物の大増産が可能となり、この地は台湾一の大穀倉地帯となった。
明石の施策により、台湾近代化が大きく進んだことは、多くの人の見解が一致するところである。


1919年、明石は、自らの死期を悟り、部下に次の遺言を残す。
「もし俺の身に万一のことがあったら、この亡骸は必ずこの台北に葬るよう頼む」

部下は明石に対する思いを歌に残している。

君とはに鎮南護国の神となりてねむりたまひぬ高さごの島に   下村宏


もしご興味があれば、、『世界の歴史を変えた日本人 明石元二郎の生涯』に、さらに詳しい記述があるので、ぜひお手に取っていただきたい。
[ 2011/08/18 02:50 ]

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カラダマネジメント術
からだ本縮小


ランニングクラブに所属し、月間300~350キロくらい走っている経験からも、筆者の主張にうなずけることが多々あり。(筆者の本田直之氏はトライアスリート。本業はコンサルタント)

コンサルタントの方は、自身の経験を一般化するのがうまいなあと感じた。

詳しくはこちらに。

一番、心に残ったのが、P.18「仕事でメンタルを鍛えるのはなかなか難しいのですが、カラダマネジメントなら、メンタルが鍛えやすいのです」。

そのほかにも、金言がたくさん。
運動不足を感じている方にぜひお勧めしたい一冊だ。


・P.19 「カラダがより高い負荷に耐えて限界を超える努力を繰り返すプロセスで、メンタルも一緒に強くなっていきます。また、トレーニングの成果はタイムなどにはっきりと表れるので、『やればできるんだ』という精神的な自信がついてメンタルが強靭になります。こうした自信が積み重なると、仕事でも『これ以上はできないと思ったけど、もう少しだけ頑張ってみよう』と踏ん張れるようになります。」
~~~ランニングは、仕事の成果アップに効果あり、はいつも実感するところ。集中力が特についたように思う。唯一の難点は、朝ランをすると、昼イチの眠さが強烈なことがあること(特に夏。。。)。短時間の昼寝をするなど対策が必要だ。(^^)


・P.27 「ランニングや水泳のような有酸素運動のメリットは、長距離練習のときに頭を使う時間的な余裕がたっぷりあること。」
~~~このフレーズの前に、脳化学者の、最大心拍数の60~70%の運動(中強度のランニングレベル)を30分ほど続けると、認知の柔軟性=アイデアが浮かびやすくなるという学説も紹介。確かに、ランニング中に、仕事へのアイデアや、これはこうしたほうがよいなとひらめくことが多いように思う。

・P.51「ビジネスパーソンがビジネス書を読むのは自分への投資だと思いますが、それよりもROI(投下資本利益率)が高いのは、カラダへの投資です。カラダマネジメントを行うと、健康になり、体力が上がり、メンタルも強くなります。カラダへの投資はリターンがすぐに出てくるのが特徴です。」
~~~確かに、ビジネス書を読んだことを実際の仕事の成果につなげることは、とても大事ではあるが、大変難しい。カラダへの投資は、数ヶ月単位で効果を実感できるように思う。


8月の月間走行距離は、約360キロ。この暑さの中、走りすぎでもなく、適度な走りこみができたなと感じている。キロ3分30分以下レベルの、追い込む練習はほとんどしていないので、疲労度も浅い。今日は、マラソンシーズン突入の最初のプチイベント「月例マラソン」。まだ暑そうなので、8割くらいの力でリラックスして挑もうと思う。スピードアップは涼しくなってからにと考えている。

【9月4日のランニング】朝ラン 12.72キロ(1時間8分30秒)
            公園の700M周回コース 
            (1)3分10秒(キロ4分30分程度)
            (2)2分52秒(キロ4分7秒程度)
            (3)2分33秒(キロ3分39秒程度)
            ※早朝から、3分30秒近いペースに上げても、まだかなり余裕があるように感じる。

【からだ】体重68.7キロ。体脂肪15.1%。からだ年齢34歳
[ 2010/09/06 02:37 ]

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